学会大会運営委員になったらまずやる事

2023.05.13

2024.08.27

はじめに

学会の大会運営委員を仰せ付かったら、何をしなければならないでしょうか。各委員会との連携、大会委員長とのコミュニケーションも円滑にしないと大会に臨めません。
「何をなすべきか、何から始めるべきか」
課題と問題点を明確にするだけでなく、プライオリティも決める必要があります。準備を滞りなく進め、大会を迎えたいものです。

1.運営方針の確認

まずは羅針盤が必要になります。大会運営方針が年次総会や規定で決まっている場合は、それに従って粛々と進めれば大体の場合上手くいきます。
そうでない時やざっくりとした指針のみの場合には少し苦労します。運営方針を立案して、学会の内外に方針を明らかにし、賛同や参画を促進します。
大会運営について不慣れな人や学生の協力が欲しい時には特に、わかりやすく、はっきりとした方針提示が求められます。
運営方針を作る時の留意点には次のようなものがあります。

(1)大会の目的とテーマ:開催年次テーマと小テーマがあればそれも提示
(2)スケジュールの提案:進行状況の参照もできる工夫を
(3)体制:委員会・スタッフの名簿や人員配置
(4)会場管理:会場についての詳細情報
(5)大会プログラム:セッションの設計

大会では年度ごとにテーマを決めて開催するのが常です。また公開シンポジウムなど、いくつか小テーマを設定して開催する場合もあります。全体テーマやサブテーマは大会運営に大きな影響を与えますので、会員の要望を聞きながらも絞り込みが大事です。国際会議や展示会などを併設する場合は、参加者や来場者に配慮も求められます。多言語での対応や案内スタッフの配置などです。コロナの影響でオンラインと実参加のハイブリッド型の大会開催をする学会も増えています。ネットワークや映像機器の設定など、高度に専門的な設営が伴う場面に遭遇します。そのような場合には、情報系の学会以外では外部の専門家にお願いすることもあります。運営方針にアウトソーシングについての規定があるかどうかも確認しましょう。

(参考)全国大会規程|情報処理学会
https://www.ipsj.or.jp/annai/aboutipsj/kitei/taikai-kitei.html


2.予算の確保

経済的裏付けは、どのような事業にも欠かせない要素です。事務局メンバーの多くはボランティアで人件費はかからないとしても、大会冊子の印刷代や会場費、大会向けシステム構築費用など、規模に応じて出費も増えます。医学系の学会のように、大手製薬会社がスポンサーにつく場合を除き、参加者の参加費や寄付に頼る場合が多いのが現実です。

2.1.予算の確認

大会に割り当てられている予算の確認は見落とせません。各学会には全国大会や各支部(地域)の学術研究会の開催費用が予算化されていると思います。
全国大会の場合などは、実行委員会が開催校と一緒に作られる場合がほとんどです。これは、会場費が「外部貸出し」と「学内貸出し」で大きな違いがあるからです。大学事務局の申請に開催校の教員が申請して安価に会場を使えるようにする、とても大切な技です。

2.2.資金調達

学会全体で割り当てられている費用では、開催費用、運営費用が不足する場合があります。別途資金調達を考えなければならないかもしれません。現地開催校と一緒に作る実行委員会では、学会の本予算とは別建てで大会予算を作る場合もあります。資金調達で見落としてはいけないのが各種支援制度です。
学術団体向けの助成金や補助金にはいくつかありますが、主なものを見てみることにしましょう。

(1)文部科学省をはじめとする行政
(2)地方自治体
(3)財団・基金
(4)企業スポンサー

などです。
それぞれに、申請要件や制約があります。申請時期などのタイミングを逃すとせっかく貰えるものも駄目にしてしまいます。タイムラインをひく時に気をつける必要がありそうです。大学によっては、専任教員が関係する全国的規模の学会を大学で開催する場合、開催にかかわる経費を補助しています。

(参考)大会開催補助金|早稲田大学
https://waseda-research-portal.jp/conference/tournament-held-2/


3.タスクの確認

3.1.主要なタスク

何事も一人では成し得ません。大会運営全体の役割分担、任務分担をします。協力者ほど心強いものはありません。学会や大会の規模にもよりますが、委員会の兼務などで、余り過負担にならないようにしましょう。仕事量の分析をして、状況に応じた「助っ人」が力となります。運営チームを繋ぐ主なタスクは次のようなものです。

(1)大会プログラムの企画

全体講演

国際会議の場合には、同時通訳の手配やプレゼンテーションスクリーンへの字幕表示などの準備。

コンカレントセッション(分科会)

並行して実施する分科会の数によっては、相当数のスタッフが必要となるので要注意。

ワークショップ

機材や材料が必要となる場合には事前申し込みの受け付けなどの工夫が必要。

ポスターセッション

ポスターを貼り出すパネルの手配とポスター周辺でのディスカッションの注意事項の用意。

外部向けシンポジウム

ライブ配信や事前受付の準備。

など。

 

(2)会場準備と運営

会場選定

大会の規模によって、大講堂や小ホールの有無など発表数によって大きく変動。

会場設営

事前準備の前日程だけではなく、後片付けや撤収リミットの確認も重要。

受付(受付方法の検討)

大会参加者数に応じて、窓口の数や受付人数に大きな違いが発生。

案内(誘導)

広いキャンパスや複雑な校舎などには要所要所に案内スタッフが必要。

など。

(3)コミュニケーション

コミュニケーションツール

LINEやSlackなどの共有ツールの選定

問合窓口の設置

参加者からの問合せ対応方法の確立

トラブルシューティング

FAQの準備、救護体制(救急箱)の準備
※慶應義塾の医学系の学会では、ご高齢の参加者を配慮して救急車の待機もありました。

など。

 

(4)アフターフォロー

参加者アンケート

実施方法や集計方法の検討

スタッフからの聞き取り調査

面談調査が最も有効

申し送り事項の整理

次回大会に向けての引き継ぎ事項、反省点の整理

など。

(5)テクニカルサポート

会場設備の整備

音響、照明、映像、空調、etc.

ネットワーク環境

有線LAN・無線LANの設置、サーバー設置の有無、etc.

など。

3.2.タスクの再配分

学生や若手研究者に大会準備の「仕事を振る」(仕事の再配分)ことも大切です。大学や高等教育機関の教員の大切な仕事の一つに、教育があります。文献からも、インターネットからも決して学ぶことの出来ない経験を後人に与えることも教育の一環です。

4.協力者(社)の選定

普段の研究会での姿勢や学会での態度を優れた研究者は見ているものです。困った素ぶりを見せれば必ず助けてくれます。学問に深く接する人々は他人の窮地を本能的に見捨てておけません。それは、学問の本質が人々の幸福に繋がるために、真理を探求することにあるからです。自分の持っている仕事の総量や数々のタスクで、てんてこ舞いの場合もあるかもしれません。そんな時に頼りになるのは協力者です。運営を助けてくれる「味方」は多ければ多いほど良いものです。一体感のある大会を作りあげるには、リーダーシップの発揮だけでなく多くの会員のフォロワーシップも大切です。学会は優れた知識人の集まりです。全体状況の共有がされていれば、各委員会の仕事に自分の専門分野が活かせるかどうか判断できます。
率先して問題解決に力を貸してくれる会員は大勢いるはずです。
協力は個人に仰ぐだけではなく、場合によっては企業や各種団体、自治体や行政の助けを借りることも重要な選択肢です。

5.タイムライン

タイムラインは大会の日程が決まっているので先延ばしは難しいです。他の委員会との調整や開催大学(会場)との関係でも、早めにスケジュールを組みオープンにすることが大切です。

5.1.逆算方式

ゴールは明確です。そのゴールに向けて逆算方式で節とテンポを決めましょう。学事日程に重ならないように、開催校や他の先生がたとの予定調整も大事です。学事日程の変更などにも臨機応変に対応できる余裕も欲しいところです。特に、各種スポーツ大会やイベントで会場や会場周辺の施設が突如使えなくなる事もよくあります。大学野球の決勝で番狂わせの開催校が優勝した場合などは、周辺地域ごと大混乱に巻き込まれます。そのようなことは想定済みの事として盛り込んでタイムラインを引いておけば、混乱も防げます。そのために考えなければならないのが、デッドラインです。

5.2.タイムラインの立案

タイムライン作成の留意点には次のようなものがあります。
(1)タスクの設定:タスクを細かく分解して設定
(2)担当者:期限と権限の範囲の設定
(3)遅延の対処方法:リソースの再配分と他のタスクに影響を与えない遅延対策

5.3.デッドラインの設定

大会要項の配布日や参加者の申し込み締め切り日など、どうしても変更できないメルクマールを設定することは大切です。それぞれのデッドライン(原稿の入稿日など)を決めて関係各位に周知徹底することはマストです。プロジェクトマネジメントツール、Trello(トレロ)などの無償のツールもありますので活用するのも一考に値します。「誰が」「何を」「いつまでに」を可視化して大会準備の進捗状況を把握できます。多くのスタッフがいる場合でも、期限が過ぎたタスクにはメールなどで注意を促してくれる自動「督促」機能が便利です。この手のツールが良い点は、大会運営委員が個人的に敬遠されることを防げる点にあります。「〇〇先生は細かい」とか「融通の利かない頑固な人だ」とかの陰口を叩かれなくてすみます。当然ですが自分自身にも容赦なく、督促メールが飛んできますが。

(参考)Trelloでタスク、チームメイト、ツールのすべてをまとめましょう|ATLASSIAN

https://trello.com/home

6.システム化

多くの学会は日常の運営費用がそう潤沢ではないと思います。大会のために特別なシステムを組む費用もないかもしれません。体制が整っていない場合もあります。専従の事務局がいる場合はまだ安定的に運営が進みますが、兼任や学生・院生に頼っている場合には不安定で世襲的になりがちです。何年も前のExcelシートを改変しながら利用している場合もあるでしょう。是非、自分たちの代でシステム化にチャレンジして後任の負荷を軽減する一歩としたいものです。

6.1.ローカル処理からの脱却

障害や問題発生、遅延状況などは「内輪」だけで抱え込みがちです。事務局のパソコンだけに情報が集約されており、数人の事務局しか状況を知らないようなサイロ化(蛸壷化)を防がなければなりません。進捗状況の共有化はExcelなどの単一アプリケーションに依存していると脱却できません。属人化した作業にならないように、旧来のアプリケーションの見直しが肝心です。

6.2.クラウド化とシステム化

現在は各種のクラウドサービスや共有アプリケーションも多数存在します。一昔前よりも簡便にローコストで情報共有ができます。ただ、それが故に個人情報の流出リスクや発表前の研究成果の漏洩などを防ぐことも求められます。研究者の死活問題に関わる重大事態にならないように、システム化を進めます。相互牽制の仕組みを取り入れることも検討事項です。大会運営に必要なホームページの構築も大切です。一般公開用のページと学会会員向けページ、スタッフ専用ページなど大会運営に関わる人たちに優しい作りにしておきましょう。スマートフォンへの対応も忘れずに。

おわりに

どんなことにでも「はじめて」はあります。大変だと思うことも必ず『糧』となって戻ってきます。
「学問には平坦な大道はありません。そして、学問の険しい坂道をよじのぼる労苦をいとわないものだけに、その明るい頂上にたどりつく見込みがあるのです。
あなたに、変わることのない誠意を捧げます。」
(カール・マルクス『資本論』フランス語版序文および後記/ロンドン、1872年3月18日)
大会運営委員の大役に就いた時には、明るい頂上があることを信じて奮闘しましょう。