第10回:学会事務局の発展的運営~一体型AI協働体制の実現に向けて~
2025.12.10
2025.12.10
はじめに AIが真に協働する新しい学会運営
これまで9回にわたり、学会事務局における個別業務へのAI導入について検討してきました。会員情報の検索から委員会運営、広報活動、議事録作成、論文関連業務、問合せ対応、ニュースレター制作、そして業務連携とAI駆動開発プラットフォームまで、多岐にわたる領域でAIの可能性を探ってきました。
この記事では、これらの個別導入を総括し、学会における包括的なAI協働体制の構築に向けた展望を提示します。個別最適から全体最適へ、そして人間とAIが真に協働する新しい学会マネジメントの姿を描くことで、本連載のまとめとします。

1. AI活用の総括と限界
1.1. 個別AI導入で得られた成果
本連載で取り上げてきた個別AI導入の検証により、事務局の活動において具体的な成果が期待されています。会員情報検索では自然言語による問合せが可能となり、従来のデータベース検索では時間を要していた複雑な条件抽出が大幅に短縮されるでしょう。委員会管理においては、出席確認とフォローアップの自動化により、事務局スタッフの作業負担が軽減されます。
広報活動では、SNS投稿の作成時間が短縮され、発信頻度の向上により組織の認知度向上にも寄与しています。
議事録作成では、音声認識技術による文字起こしにより、記録作成時間が削減されました。
論文抄録作成支援では、特に英語表現に不安を抱える研究者への支援が効果を発揮し、投稿時の心理的障壁が低減しています。
これらの成果は、個別業務における効率化と質的向上を実現し、事務局スタッフがより創造的で戦略的な業務に時間を割けるようになったという点で、大きな意義を持ちます。
【参考】
1.2. 残された課題と限界
しかしながら、個別AI導入には明確な限界も存在します。最も顕著な課題は、各業務で異なるAIツールを使用することによる情報の分散化です。
会員管理、委員会運営、広報、問合せ対応がそれぞれ独立したシステムで運用されるため、横断的な情報活用が困難となっています。
技術的な側面では、各AIツールが独自のデータフォーマットを持つため、データの相互運用性が低く、手作業での転記や調整が依然として必要となっています。さらに、個別ツールごとに操作方法や設定が異なるため、事務局スタッフの学習負担が増大し、特定のスタッフにしか扱えないという属人化のリスクも生じています。
コスト面でも、複数の有料AIサービスを並行利用する場合、年間のランニングコストが予算を圧迫する事態を生み出します。費用対効果の精査が求められる状況が発生します。
1.3. 統合的なAI協働の必要性
これらの問題を解決し、AI活用の効果を最大化するためには、統合的なAI協働体制の構築が不可欠です。統合とは、単に複数のツールを連携させるだけではなく、組織運営全体を俯瞰した設計思想に基づき、人間とAIの役割分担を最適化することを意味します。
統合的アプローチでは、会員情報を中核とした一元的なデータ基盤を構築し、そこから各業務プロセスへ必要な情報が自動的に流れる仕組みを実現します。また、統合的な知識管理システムにより、過去の議事録、問合せ履歴、広報コンテンツなどが検索可能な形で蓄積され、新たな意思決定や企画立案の際に参照できるようになります。
統合的AI協働体制は、個別最適から全体最適への転換を可能にし、組織運営の質を新たな段階へと引き上げる可能性を秘めています。
【参考】
・A generative AI reset: Rewiring to turn potential into value in 2024|McKinsey & Company
2. 一体型AI協働体制の展望
2.1. AIエージェントによる常時対応
統合的なAI協働体制の中核となるのが、AIエージェントによる常時対応システムです。AIエージェントとは、単なる応答型のチャットボットではなく、状況を理解し、複数のタスクを連携させながら自律的に業務を遂行できる高度なAIシステムを指します。
事務局におけるAIエージェントは、会員からの問合せに対して、単に定型的な回答を返すだけでなく、会員の過去の活動履歴や登録情報を参照しながら、最適な情報提供や提案を行います。委員会の実務においても、AIエージェントは会議日程の調整から資料配布、出席確認、議事録作成、決定事項のフォローアップまでを一貫して管理します。
鍵となるのは、これらの業務がばらばらに実行されるのではなく、統合されたAIエージェントによって相互に連携しながら遂行される点です。
会員管理で得られた情報が広報活動に活かされ、委員会での決定事項が問合せ対応に反映される、といった有機的な連携が実現します。
2.2. 人間とAIの役割分担の最適化
一体型AI協働体制において、人間とAIの役割分担を適切に設計することが成功の鍵となります。
AIは反復的で定型的な業務、大量のデータ処理、24時間対応が必要な業務において優位性を発揮する一方、創造的判断、倫理的配慮、対人関係の微妙なニュアンスの理解においては人間の能力が不可欠です。
具体的には、データ入力や整理、定型的な問合せ対応、スケジュール調整、資料作成の初稿生成などはAIが担当し、最終的な判断や承認、重要な意思決定、複雑な交渉、戦略的企画立案は人間が行う、という枠組みが考えられます。
肝心なのは、AIを単なる効率化ツールとして捉えるのではなく、人間の能力を拡張し、より創造的で戦略的な活動を可能にするパートナーとして位置づけることです。AIの創成期にIBMはAIを拡張知能(Augmented Intelligence)と位置づけていました。ワトソン(Watson*1)と名付けられました。
名探偵シャーロック・ホームズの右腕のワトソン博士とのパートナーシップが、どこか人間とAIの関係性にも似ています。
事務局スタッフは、定型業務から解放されることで、組織の長期的ビジョンの策定、新しい企画の立案、会員との深い関係構築といった、より価値の高い活動に注力できるようになります。
*1IBMのワトソンは、事実上の創業者であり初代CEOであったトーマス・J・ワトソン
(Thomas J. Watson) にちなんで名付けられました。シャーロック・ホームズのワトソン博士とは直接の関係はありませんが、AIが人間の良きパートナーとなることを願った命名とも言えるでしょう。
2.3. 学会活動の質向上へ向けた協働像
一体型AI協働体制の最終的な目標は、活動全体の質的向上です。効率化それ自体は手段であり、目的は学術コミュニティの発展と研究者への価値提供の最大化にあります。
会員満足度の向上は、AI協働がもたらす重要な成果の一つです。問合せへの迅速な対応、パーソナライズされた情報提供、スムーズな大会参加体験などにより、会員は組織に対してより高い満足感を得ることができます。
研究活動の支援強化も期待される効果です。論文投稿や発表申込のプロセスが簡素化され、研究者は本来の研究活動により多くの時間を割けるようになります。
また、AIによる研究動向の分析や、関連研究者とのマッチング支援により、新たな共同研究の機会創出も可能となります。
学会運営の透明性と説明責任の向上も重要な側面です。議事録や決定事項が適切に記録・管理され、会員がいつでもアクセスできる環境が整うことで、組織運営の民主性が強化されます。
3. 実現へのステップ
3.1. 学会ごとの段階的導入手法
一体型AI協働体制の実現には、各組織の規模や特性に応じた段階的な導入が必要です。すべての機能を一度に導入しようとすると、技術的・組織的な負担が過大となり、失敗のリスクが高まります。
小規模学会(会員数500名未満):
- まず最も負担の大きい業務から着手することを推奨します。多くの場合、問合せ対応や会員情報検索が該当します。無料または低コストのツールを活用し、3ヶ月程度の試験運用を経て効果を検証します。
中規模学会(会員数500〜2,000名):
- 複数業務の並行導入が可能です。まず会員管理と問合せ対応を統合し、次に広報活動、委員会運営へと展開していく段階的アプローチが効果的です。導入期間は6ヶ月から1年程度を見込み、定期的な効果測定と改善を行います。
大規模学会(会員数2000名以上):
- より包括的な統合システムの構築が可能です。第9回『AI駆動開発プラットフォームの可能性』で紹介したAI駆動開発プラットフォームの活用により、組織の持つ固有のニーズに対応したカスタマイズされたシステムを構築できます。
どの規模においても重要なのは明確な指標、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)の設定です。業務時間の削減率、会員満足度、問合せ対応時間、エラー発生率など、定量的に測定可能な指標を設定し、定期的にモニタリングすることで、導入効果を客観的に評価できます。
例えば、会員満足度は年次アンケートでの5段階評価、問合せ対応時間は平均応答時間(時間単位)、エラー発生率は月間処理件数に対する誤処理の割合(%)として測定できます。
3.2. 倫理的・制度的配慮の整理
AI協働体制の構築において、倫理的・制度的な配慮は技術的側面と同等に重要です。特に学術組織である学会においては、高い倫理基準を維持することが求められます。
個人情報保護は最優先の課題です。会員の研究分野、所属機関、連絡先などの個人情報をAIシステムで扱う際には、適切なセキュリティ対策と、個人情報保護法への準拠が必須となります。機密情報と秘匿情報の保全は学術団体の生命線とも言えます。
具体的には、データの暗号化、アクセス権限の厳格な管理、データ保持期間の明確化、会員への利用目的の説明と同意取得などが含まれます。
AIの判断に対する説明責任も重要な論点です。AIが会員に対して何らかの推薦や判断を行う場合、その根拠を説明できる透明性が求められます。
バイアスと公平性への配慮も欠かせません。AIは学習データに含まれるバイアスを反映する可能性があります。定期的なバイアス監査と、多様性を確保する仕組みの導入が求められます。人権とヘイト対策についても強く求められます。
また、AI導入による雇用への影響にも配慮が必要です。業務効率化により人員削減を図るのではなく、スタッフをより価値の高い業務へシフトさせる前向きなアプローチが重要です。
【参考】
・AI事業者ガイドライン(第1.0版)|総務省・経済産業省
・生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について|個人情報保護委員会
3.3. 将来的なガバナンス体制構築
AI協働体制の持続的発展のためには、適切なガバナンス体制の構築が不可欠です。技術の急速な進化と、それに伴う新たな課題の出現に対応するため、柔軟かつ堅牢な管理体制が求められます。
まず、組織内にAI活用推進委員会(仮称)のような専門組織を設置することの検討が求められます。
この委員会は、理事会メンバー、事務局スタッフ、情報技術に詳しい会員で構成され、AI活用の方針策定、導入計画の承認、運用状況のモニタリング、倫理的問題への対応などを担います。外部委託をしている部分があればパートナー企業の参画も欠かせません。
定期的な監査体制も重要です。年に1〜2回、AIシステムの運用状況、セキュリティ状態、会員からのフィードバック、倫理的問題の有無などを包括的に評価し、必要に応じて改善策を講じます。
会員への透明性確保も必須です。AIをどのように活用しているか、どのようなデータを収集・利用しているか、会員の権利はどう保護されているかなどを、わかりやすく公開することで、会員と社会の信頼を獲得できます。
緊急時対応計画の策定も必要です。AIシステムの障害、セキュリティ侵害、重大なエラーの発生などに備え、対応手順と責任者を明確にしておきます。
技術動向の継続的な把握も重要な責務です。AI技術は急速に進化しており、新しい可能性と課題が次々と現れます。組織として、最新の技術動向を把握し、有用な技術を適時に導入できる体制を維持することで、競争力を保つことができます。
さらに、長期的なロードマップの策定も必要です。3年後、5年後、10年後の組織運営の姿を描き、それに向けたAI活用の発展計画を立てることで、場当たり的な導入ではなく、戦略的な発展が可能となります。
【参考】
・AI Principles|OECD
・Recommendation of the Council on Artificial Intelligence|OECD
・提言「生成AIを受容・活用する社会の実現に向けて」|日本学術会議
まとめ AIとのパートナーシップ
本連載を通じて、学会事務局における多様なAI活用の可能性を探ってまいりました。個別業務の効率化から始まり、統合的なAI協働体制の構築へと視野を広げることで、学会マネジメントの新しい地平が見えてまいります。
AI技術の進化は目覚ましく、数年前には不可能だったことが今日では実現可能となっています。しかし忘れてはならないのは、技術それ自体が目的ではありません。
問われているのは、学術コミュニティの発展と研究者への価値提供という組織の本質的使命を、AIとの協働を通じてどう実現するかです。
人間とAIの協働は、単なる効率化や省力化を超えた可能性を秘めています。事務局スタッフが定型業務から解放され、より創造的で戦略的な活動に注力できるようになること。会員がより質の高いサービスを受けられるようになること。組織全体として、データに基づく賢明な意思決定ができるようになること。これらは、すべて学術コミュニティの発展に寄与します。
導入時の戸惑いや試行錯誤は、AI導入を検討する誰もが抱く自然なプロセスです。
「本当にうまくいくだろうか」という不安は当然のことです。小さな失敗を重ねながら学ぶプロセスこそが、学会に合ったシステムを作る近道となります。
倫理的配慮、個人情報保護、透明性の確保、そして何よりも人間の判断と責任を中核に置く姿勢が不可欠です。
AIは強力なツールですが、運営の主体はあくまでも人間であり、AIはそれを支援するパートナーであるという原則を忘れてはなりません。
組織の規模や特性によって利用可能な資源は多様です。
本連載で紹介した事例や手法を参考にしながら、それぞれの学会に最適なAI協働の形を見出していくことが大切です。
小さな一歩から始めて、段階的に発展させていくアプローチこそが、持続可能なAI活用の鍵となります。
事務局とAIの協働は、まだ始まったばかりの新しい領域です。試行錯誤を重ねながら、成功事例を共有し、課題を協力して解決していくことで、学術コミュニティ全体が発展していきます。
有能なワトソン君との良いパートナーシップを創ることは主人公の役割です。
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